今回は、特許出願は個人で行うべきか、それとも法人で行うべきかということについて考えてみましょう。どちらもメリットとデメリットがありますので、その辺りについて検討する必要があります。
特許を受ける権利
例えば、起業前後のスタートアップ・ベンチャー企業や小さな中小企業で新しい技術を開発した場合、発明者が起業家や社長ということになる場合が少なくありません。
ですから、新しい技術の特許を出願する場合は起業家または社長の個人名義で特許出願することが可能です。通常は発明をした人が特許出願人として特許を受ける権利が与えられます。
しかし個人名義ではなく、特許権を法人に譲渡する場合には法人の名義で出願することも可能です。
つまり、
- 個人名義での特許出願
- 法人名義での特許出願
という二つの選択肢があるということになります。ポイントは、特許を受ける権利が譲渡できるという点です。
特許出願は個人名義と法人名義のどちらでも可能ということがわかりましたが、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
個人名義・法人名義で特許出願するメリットとデメリット
社長が個人で特許出願する場合のメリットとデメリット
個人で特許出願する場合のメリット
個人名義で特許出願する場合の主なメリットとしては次の2点です。
- 競合他社に知られにくい
- 特許権はいつでも法人に譲渡可能
社長が個人名義で特許出願した場合、競合他社に知られにくいというメリットが考えられます。ただし、その個人がその会社に所属していることが知られていない場合に限ります。
ですから、競合他社に秘密にしておきたい技術があった場合は会社名義ではなく、個人名義で特許出願を行うことをおすすめします。
また、特許を受ける権利は出願中でも特許が取得できた後でも法人に譲渡することが可能です。ですから、新製品を発売してしばらくは個人名義にしておき、その後法人に譲渡するなどの戦略も考えられます。
但し、その個人が会社に所属していることが知られている場合や、競合他社がその技術分野の出願を網羅的に調査している場合などはメリットとはならず、逆に捕捉されてしまう可能性も考えられます。
個人で特許出願する場合のデメリット
では逆に、社長が個人名義で特許出願した場合のデメリットについて考えてみましょう。デメリットとして考えられるのは、主に次の2点です。
- 所得税が課税されている場合には特許審査請求料及び特許料減免されない
- 出願公開公報、特許公報に自宅の住所が掲載される可能性がある
個人名義での特許出願において所得税が課税されていない場合には、下記の費用が半額に免除されます。
- 特許審査請求
- 特許料(第1年分から第10 年分)
- 国際出願に係る「調査手数料、送付手数料、予備審査手数料」
しかし、少しでも所得税が課税されている場合には特許審査請求料及び特許料(第1年分から第10 年分)が半額に減免されないというデメリットがあります。
また、特許出願には指名の他に「住所または居所」を記載しなければならず、出願公開公報、特許公報に自宅の住所が掲載されるというリスクがあります。ですから、自宅の住所を掲載されたくない場合は、所属する会社の住所を記載することをお勧めします。
ただし、会社の住所を記載することで、前述した「競合他社に知られにくい」というメリットは無くなるかもしれません。
個人名義で特許出願する場合のデメリットとしては、
- 所得税が課税されている場合には特許審査請求料及び特許料減免されない
- 出願公開公報、特許公報に自宅の住所が掲載される可能性がある
という2点です。
法人名義で特許出願する場合のメリットとデメリット
法人名義で特許出願する場合のメリット
法人名義で特許出願する場合のメリットとして主に考えられるのは次の2点です。
- 小規模企業の場合は手続費用が軽減される
- 他社に対して損害賠償請求をする場合は法人が保有する
以下のいずれかの条件に該当する法人が法人名義で特許出願を行った場合、手続費用が軽減されます。
- 小規模企業(法人)(従業員20 人以下(商業又はサービス業は5 人以下))
- 設立後10 年未満で資本金3 億円以下の場合(但し、いずれも支配法人がいる場合を除く)
ですから、費用面においては個人名義での特許出願よりもメリットがあると言えるでしょう。その場合の軽減される手続き費用としては、以下のものです。
- 審査請求料:3 分の1
- 特許料(第1 年分から第10 年分):3 分の1
- 国際出願に係る「調査手数料、送付手数料、予備審査手数料」:3 分の1
更に、損害賠償請求という点においても、法人での特許出願を行うことでメリットがあります。
法人で特許を取得することで、特許法第102 条第1項、または第2 項で損害額を請求することができます。この場合、特許法第102 条第3 項で規定されている損害額(いわゆるライセンス相当額)よりも高くなるので、法人名義で特許を取得するのがおすすめです。
法人名義で特許出願する場合のメリットとしては、
- 小規模企業の場合は手続費用が軽減される
- 他社に対して損害賠償請求をする場合は法人が保有すると損害賠償額がアップする可能性がある
という2点です。
法人名義で特許出願する場合のデメリット
法人名義で特許出願する場合のデメリットとして考えられることは、次の通りです。
- 社長が発明者である場合、利益相反取引になる可能性がある
これは、職務発明の場合には最初から特許を受ける権利を法人に帰属させるという社内の職務発明規定が無い場合に問題となる可能性があります。社長が発明した場合は原則として出願するまでに権利を譲渡しなければなりません。
つまり、権利の譲渡ということで、社長個人に発明の対価を支払う必要があり、これは利益相反取引になります(会社法第356 条1項2 号)。この場合、株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)において、その取引について重要な事実を開示して、その承認を受けなければなりません。
メリットとデメリットを理解して出願しよう
結局どちらが良いのでしょうか?
社長が個人名義で出願してしまうと、社長が所得税非課税の場合以外については、正規の特許審査請求及び特許料(第1年分から第10 年分)を支払わなければなりません。
一方、以下のような条件に該当する法人の場合は、法人名義での特許出願を行うことで審査請求料、特許料等が3 分の1に軽減されるというメリットがあります。
- 小規模企業(法人)(従業員20 人以下(商業又はサービス業は5 人以下))
- 設立後10 年未満で資本金3 億円以下の場合(但し、いずれも支配法人がいる場合を除く)
また、他社に対して損害賠償請求をする場合を考慮すると、特許権の成立後に法人が特許権を保有しておくことが好ましいでしょう。というのは、他社が特許権を侵害していた場合に、自社がその特許発明について実施していることで、請求できる損害賠償額が高くできる可能性があるからです。