今回は職務として発明した場合の特許権について考えてみましょう。特許権は従業員個人にあるという場合もありますが、職務発明規定で規定しておくことで最初から会社に権利があるということにすることができます。
職務発明規定を作成する場合には是非参考にしてください。
職務発明制度とは
国の研究開発活動の奨励、研究開発投資の増大を目指し、職務発明制度が設けられています。職務発明制度は産業政策的側面を持つ制度で、従業者と使用者との間の利益調整を図るために設けられました。
では、職務発明制度の趣旨について、もう少し詳しく解説しましょう。
職務発明制度の趣旨
特許庁のホームページ「職務発明制度の概要」によると次のように説明されています。
では、職務発明についてはどのように決められているのでしょうか。
法人帰属について
特許法35条第3項には、以下のように書かれています。
相当の利益とは
従業員が発明したものに対する特許権は会社に帰属させることができることがわかって頂けたと思います。
しかし、従業員側に何のメリットもないということでは社員の士気も下がってしまうかもしれません。ですから、その代わりとして特許法35条第4項では相当の金銭その他の経済上の利益(相当の利益)を受ける権利を有するということが決められています。
ここで、気になるのが、「相当の利益」です。実は、金銭以外の経済上の利益も含まれます。下記は特許庁発行の「特許法第35 条第6 項の指針(ガイドライン)の位置づけと概要」から引用したものになります。
- 経済上の利益については、経済的価値を有すると評価できるものである必要があります(例えば、表彰状等のように相手方の名誉を表するだけのものは含まれない。)。
- 相当の利益の付与については、従業者等が職務発明をしたことを理由としていることが必要です。
- 金銭以外の相当の利益の付与としては、例えば、以下に掲げるものが考えられます。
- ( 一) 使用者等負担による留学の機会の付与
- ( 二) ストックオプションの付与
- ( 三) 金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格
- ( 四) 法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与
- ( 五) 職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾
相当の利益についての条件
特許法35条第5項では、相当の利益についての条件として次のように決められています。
契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、下記の
- 協議
- 開示
- 意見の聴取
を行い、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであっててはならない。
なお、これらの手続きについては書面や電子メールで行うことも可能です。
では、上記の3点について具体的に見ていきましょう。
相当の利益についての協議
「協議」とは、相当の利益についての基準を策定する場合において、職務発明をする従業者等又はその代表者と使用者等との話し合いのことです。
前述した通り、書面や電子メールで行うことも可能ですが、社内イントラネットの掲示板や電子会議等を通じて集団的に話合いを行うことも「協議」に含まれます。ですから、代表者のみ参加する場合もありますが、全員で行う場合もあるということです。
また、会社と社員が協議をする際に提示する資料や情報としては次のようなものが考えられます。
- 使用者等の作成した基準案の内容
- 研究開発に関連して行われる従業者等の処遇
- 研究開発に関連して使用者等が受けている利益の状況
- 研究開発に関する使用者等の費用負担やリスクの状況
- 研究開発の内容・環境の充実度や自由度
- 公開されている同業他社の基準
では次に「開示」について解説しましょう。
相当の利益についての開示
「開示」とは、前述した協議によって策定された相当の利益についての基準を提示することです。開示の対象となるのは、当該基準が適用される各従業者等となりますす。
開示の方法としては、以下のようなものが考えられます。
- イントラネットで公開する
- 見やすい場所に書面で掲示する
特に 従業者等の見やすい場所に書面で掲示するという方法は費用も少なく抑えられるのでおすすめの方法です。
開示の後には意見の聴取が必要となります。
相当の利益についての意見の聴取
「意見の聴取」とは上記の決定に対して、対象となる業者等から、意見を聴くことです。意見の中には当然、相当の利益の内容のに対する質問や不服等も含まれることになります。
意見の聴取の結果、相当の利益の内容の決定について見解の相違が生じる場合も考えられるでしょう。その場合は、社内の異議申立制度を利用するか、使用者等が個別に対応する必要があります。
中小企業の場合は、事務効率等の観点から使用者等が個別に対応する方法を取ることが多いようです。
なお、以下のような場合には、特許法35条第4項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならないとされています(特許法35 条第7 項)。
- 相当の利益についての定めがない場合
- 相当の利益を与えることが特許法35条第5項の規定により不合理であると認められる場合
このように、以下のようなそれぞれの規定に「職務発明が原始的に法人帰属」と規定しておくことでけば職務発明を原始的に法人帰属にすることができます。
- 契約
- 勤務規則
- 職務発明規定
但し、職務発明を法人帰属させる場合に考えなければならないのは次の3点です。
- 使用者等に特許を受ける権利を取得させる
- 使用者等に特許権を承継させた場合等においてその発明者に相当の利益を与える
- 相当の利益策定について上記の3つの条件を満たすようにする
対価の算定方式の例
参考として、現時点で企業において採用されている対価の算定方式の例(概要)について特許庁から提供されている資料「(参考)規程例」に基づいて紹介します。
この算定方式はあくまでも参考として例示しているものです。ですから、以下のようなものではありません。
- 方式の内容がこのようなものでなければならない
- この方式を採用しなければならない
- ここで例示されていない方式は採用してはいけない
また、これらの方式を採用していれば、必ず不合理性が否定されるというものでもないので、その点だけ注意してください。
1.出願時に対価を支払う場合
例(出願時に一括して対価を支払う場合)
2.登録時に対価を支払う場合
例1(登録時に一括して対価を支払う場合)
例2(出願時と登録時に対価を支払う場合)
会社が発明者に支払う対価の額は、次の各号に掲げるとおりとする。
- 出願時に○○円
- 登録時に○○円
- 登録時点において実施料収入のある場合は、別表1に定める額
ランク | Aランク | Bランク | Cランク |
登録時に支払う対価 | ○○万円に、実施料収入が○○万円を超える部分について、○○万円ごとに○○万円を加えた額 | ○○万円 | ○○万円 |
当該職務発明に関し ての実施料収入 |
○○万円以上 | ○○万円以上○○万円未満 | ○○万円以上○○万円未満 |
では、続いて契約書の例について見ていきましょう。
職務発明規程及び契約書の例
職務発明規程の例
職務発明に係る権利の承継等及びその対価について定める「規程」において規定されていることが多い事項や規定されることが想定される事項について、参考としていただけるよう必要最小限の範囲で具体的な条項を特許庁の「中小企業向け職務発明規程ひな形」をもとに例示します。
職務発明取扱規程(案)
(目的)
第1条 この規程は、A 株式会社(以下「会社」という。)において役員又は従業員(以下「従業者等」という。)が行った職務発明の取扱いについて、必要な事項を定めるものとする。(定義)
第2条 この規程において「職務発明」とは、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在又は過去の職務範囲に属する発明をいう。(届出)
第3条 会社の業務範囲に属する発明を行った従業者等は、速やかに発明届を作成し、所属長を経由して会社に届け出なければならない。
2 前項の発明が二人以上の者によって共同でなされたものであるときは、前項の発明届を連名で作成するとともに、各発明者が当該発明の完成に寄与した程度(寄与率)を記入するものとする。(権利帰属)
第4条 職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する。(権利の処分)
第5条 会社は、職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、当該職務発明について特許出願を行い、若しくは行わず、又はその他処分する方法を決定する。2 出願の有無、取下げ又は放棄、形態及び内容その他一切の職務発明の処分については、会社の判断するところによる。
(協力義務)
第6条 職務発明に関与した従業者等は、会社の行う特許出願その他特許を受けるために必要な措置に協力しなければならない。(相当の利益)
第7条 会社は、第4 条の規定により職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、発明者に対し次の各号に掲げる相当の利益を支払うものとする。ただし、発明者が複数あるときは、会社は、各発明者の寄与率に応じて按分した金額を支払う。
- 一 出願時支払金 ○円
- 二 登録時支払金 ○円
第7 条第1項はあくまで一例です。ですから、出願時支払金や登録時支払金という形で相当の利益を与えなければいけないということではありません。
では、上記以外の相当の利益の付与方法についても見ていきましょう。
下の例は職務発明に係る実施品の売上げやライセンス料収入に応じて金銭を支払うという場合です。いわゆる実績補償と呼ばれるものですが、このような方法での相当付与も可能です。
【例1】
【例2】
また、金銭以外の相当の利益として以下のようなものも考えられます。
- 海外留学の機会の付与
- ストックオプションの付与
- 特別有給休暇の付与等の措置
(支払手続)
第8条 前条に定める相当の利益は、出願時支払金については出願後速やかに支払うものとし、登録時支払金については登録後速やかに支払うものとする。(実用新案及び意匠への準用)
第9条 この規程の規定は、従業者等のした考案又は意匠の創作であって、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在又は過去の職務範囲に属するものに準用する。(秘密保持)
第10条 職務発明に関与した従業者等は、職務発明に関して、その内容その他会社の利害に関係する事項について、当該事項が公知となるまでの間、秘密を守らなければならない。2 前項の規定は、従業者等が会社を退職した後も適用する。
(適用)
第11条 この規程は、○○○○年○月○日以降に完成した発明に適用する
契約書の例
最後に、契約書の例について見ていきましょう。
職務発明が行われる頻度が少ない企業等においては、職務発明に係る権利の予約承継や対価を決定するための基準をあらかじめ定めることなく、職務発明が行われるたびに、権利の承継やその対価について使用者等と発明者である従業者等との間で契約を締結するという方法も考えられます。
参考として、その場合に作成する契約書の例の概要について特許庁の「(参考)規程例」をもとに紹介します。
これらの条項は自社での契約書を作成する場合の参考として例示しているものです。ですから、以下のようなものではないので注意してください。
- このようなものでなければならない
- これらの条項を採用しなければならない
- ここで例示されていない条項は採用してはいけない
また、これらの条項を採用していれば、必ず不合理性が否定されるというものでもないので、その点についても注意が必要です。
契約書(案)
○○株式会社(以下「甲」という。)と○○ ○○(以下「乙」という。)は、本契約書別紙にその概略を掲げる発明(以下「本発明」という。)の特許取得について、次のとおり契約する。
第○条 乙は、本発明に基づく特許を受ける権利及び特許権(以下「本特許権」という。)を甲に譲渡する。
第○条 本特許権に係る出願、登録、維持に要する費用は、甲が負担する。
2 ・・・・・・
▼例1
第○条 甲は、対価として○○円を乙に支払う。
▼例2
第○条 本特許権が登録された場合、甲は、その時点での期待利益に基づいて対価を算定し、これを乙に支払う。
▼例3
第○条 甲が本特許権の実施者から実施料を徴収した場合には、その○%を対価として乙に支払う。
▼例4
第○条 本特許権に基づいて利益が生じた場合、甲は、その○%を対価として乙に支払う。第○条 乙は、甲から支払われた対価に異議があれば、異議の申立てを行うことができる。
第○条 …………
この契約を証するため、本契約書2 通を作成し、甲、乙各1 通を保管するものとする。令和○年○月○日
甲 東京都○○区○○町○-○-○
○○株式会社
代表取締役社長 ○○ ○○
乙 ○○県○○市○○町○-○-○
○○ ○○