【化学・医薬品分野の特許出願】他分野と異なるので注意しよう!

質問者
化学・医薬品分野の製品についても取り扱っているのですが、特許出願で他の分野と何か違う点はありますか?
酒谷弁理士

化学・医薬品分野で気を付けることと言えば、

  • 用途発明の重要性
  • 実験データの必要性
  • 発表前の出願の重要性
  • マーカッシュクレームの理解

などです。

今回は化学・医薬品分野での特許出願について取り上げます。化学・医薬品分野での特許出願は他の分野で特許出願を行うよりも注意点が多いです。化学・医薬品分野での特許出願で出願をしようと考えている人は、おさえておきましょう。

用途発明の重要性

用途発明の重要性

質問者
化学・医薬品分野での特許出願は他の分野とどのように違うのでしょうか?
酒谷弁理士
化学・医薬品分野での特許権の場合は他の分野とは異なり請求項に係る発明が物として新規でなくても用途が新規であれば、用途発明として特許権を取得できる可能性があります。
少し分りづらいかもしれないので、塗料に関連する組成物を例にして解説しましょう。

例えば、特許庁の審査基準のなかで、塗料に関連する組成物が以下のように例示されています。

審査基準第Ⅲ部第2章第4節 3.1.2(1)

例1:特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物
(説明)
この組成物と、「特定の4級アンモニウム塩を含有する電着下塗り用組成物」とにおいて、両者の組成物がその用途限定以外の点で相違しないとしても、「電着下塗り用」という用途が、部材への電着塗装を可能にし、上塗り層の付着性をも改善するという属性に基づく場合がある。

そのような場合において、審査官は、以下の①及び②の両方を満たすときには、「船底防汚用」という用途限定も含め、請求項に係る発明を認定する(したがって、両者は異なる発明と認定される。)。この用途限定が、「組成物」を特定するための意味を有するといえるからである。

  1. 「船底防汚用」という用途が、船底への貝類の付着を防止するという未知の属性を発見したことにより見いだされたものであるとき。
  2. その属性により見いだされた用途が、従来知られている範囲とは異なる新たなものであるとき。

出典:特許庁「特許・実用新案 審査基準」より

この例では「電着下塗り用」と「船底防汚用」の組成物が同じであっても、用途が異なっているので別の発明であるということになります。
このように、用途発明としての新規性を認める考え方は、以下の分野において広く適用されています。

  • 医薬品
  • 化粧品
  • その他化学の分野
  • 後述する食品分野
質問者
化学・医薬品分野では、用途が新しければ特許として認められる可能性があるということですね。

実験データの必要性と発表前の特許出願の重要性

実験データの必要性と発表前の特許出願の重要性

質問者
化学・医薬品分野の用途発明で特別に必要なものはありますか?
酒谷弁理士
実験データが必要となります。詳しく説明しましょう。

実験データの必要性

化学・医薬品分野において最も基本的な部分とも言えますが、化合物自体が新規な物質であれば化合物という物について特許を取得できる可能性があります。

しかし、化合物自体が新規な物質ではなくても、特許権を取得できる場合があります。それは次の2つのパターンです。

  • 化合物の濃度の範囲について、特定の用途で顕著な効果が得られる場合
  • 特定の疾患に対して特定の用法及び特定の用量範囲で顕著な治療効果が得られる場合

いずれの場合も、その濃度範囲の境界2点及び境界2点の間の少なくとも1点において、境界外よりも顕著な効果が得られた実験データを明細書中に記載しておかなければなりません。

もし、顕著な効果が得られた実験データが記載されていない場合には

  • 特許権を取得できない可能性があり、
  • 特許取得後に無効審判により無効になる可能性がある

というリスクがあります。

質問者
化学・医薬品分野では実験データが記載されていない場合は特許取得が難しいということですね。

では、上記の2点についてもう少し詳しく見ていきましょう。

化合物の濃度の範囲で顕著な効果が得られる場合

化合物の濃度の範囲について、特定の用途で顕著な効果が得られる場合には、新規な化合物でなくても特許権を取得できる場合があります。

特定の疾患に対して治療効果が得られる場合

医薬品の場合には、特定の疾患に対して特定の用法及び特定の用量範囲で、その特定の疾患に対して顕著な治療効果が得られる場合には特許権を取得できる場合があります。

ただし、その場合は特定の疾患と特定の用法及び/または特定の範囲の用量について限定した請求項を作らなければなりません。

例を挙げると、以下のようになります。

  • 特定の疾患:脳梗塞など
  • 特定の用法:1日に3回の投与など
  • 特定の用量範囲:1回の投与量を10~20mg/mlにするなど
質問者
化学・医薬品分野では特定の用途・特定の疾患で顕著な効果が得られることが重要ということですね。

発表前の特許出願の重要性

化学・医薬品分野の場合は、学会発表などの発表の前に特許出願をしておくことが特に重要です。ただし、この特許出願は日本出願だけに限らず、米国仮出願であっても構いません。

しかし、論文発表を行う場合は非常に忙しく、特許出願をしている余裕がないという場合もあります。そんな場合には、学会発表直前にでも良いので学会に投稿した論文をそのままの形式で日本出願または米国仮出願しておくことをおすすめします。

出願から1年以内に優先権を主張して日本出願または米国出願をするという選択肢があります。これにより、先に出願した内容については、先に出願した時を基準に新規性及び進歩性が判断されるということになるので、恩恵を受けることが可能です。

なお、下記の国の場合は、新規性喪失の例外の適用という制度があります。

  • 日本
  • 米国
  • 韓国

新規性喪失の例外の適用は特許出願の前に学会発表をしても、学会発表などで公表した日から1年以内に出願すれば自己の発表によって新規性違反及び進歩性違反に問われないというものです。

しかし、上記の国以外(例えば、欧州・中国)では十分な救済制度が設けられていない傾向があります。化学・医薬分野においては、中国や欧州などでも特許権を取得することが好ましいケースが多いです。特に医薬品は通常、全世界で販売するので、中国や欧州などでも特許権を取得することが必要です。ですから、できる限り学会発表前に特許出願することを心掛けるようにしましょう。

質問者
化学・医薬品分野では、実験データが非常に重要となります。また、学会で発表する前には特許出願を行うようにしましょう。

マーカッシュクレームについて

マーカッシュクレームについて

質問者
ところで、マーカッシュクレームとはどのようなものですか?
酒谷弁理士
化学・医薬品分野において特許出願を行う場合、マーカッシュクレームを用いるとメリットがある場合があります。

マーカッシュクレームについて

例えば、基本構造が共通する化学物質の発明を包括的に保護するためなどに、置換基を択一的に記載した請求項がよく用いられています。これはマーカッシュクレームと言われるものです。

ここで、マーカッシュクレームのクレーム(Claim)とは請求項のことを指します。そして、マーカッシュクレームとは、2つ以上の選択肢を択一的に記載するマーカッシュ群を含む請求項のことです。

例えば、以下のような請求項がマーカッシュクレームです。

【請求項1】Xが、A、B 及びCからなる群から選ばれる置換基である、式(I)の化合物

図1 マーカッシュクレーム
図1 マーカッシュクレーム

出典:特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック」附属書A 発明の単一性に関する事例集、〔事例42〕マーカッシュ形式から抜粋

つまり「A、B、C のいずれでも同様の効果を発揮する場合 → A、B、C のうちいずれでもよい」というように請求項を作ることがあります。

マーカッシュクレームには以下のようなメリットとデメリットがあるので、その点をよく考慮してください。

  • メリット
    請求項の数を減らすことができる
  • デメリット
    列挙した選択肢に対応する物質の一部だけが記載された先行技術が見つかった場合は、そのクレーム全体が拒絶または無効になる

日本の場合は、特許出願が登録されて特許権が付与された後に、以下の方法で請求項に記載の発明を訂正することができます。

  • 訂正審判を請求する
  • 無効審判中において訂正請求をする

但し、マーカッシュクレームは特許権利化後の訂正の扱いが国毎に異なります。その点だ注意が必要です。

質問者
マーカッシュクレームを利用すると請求項の数を減らすことができるというメリットがありますが、国毎に扱いが異なる点には注意が必要ですね。

米国での特許出願はマーカッシュクレームを避けるべき

マーカッシュクレームは特許権利化後の訂正の扱いが国によって異なるという例を、日本と米国で比較してみましょう。

日本の場合はマーカッシュクレームはメリットが大きいのですが、米国の場合はそうではありません。ですから、米国に出願する場合には、マーカッシュクレームではなく、物質ごとに請求項を作成するのがおすすめです。

特許出願時の請求項に選択肢に対応する物質を列挙した場合として考えます。

日本の場合は、特許権利化後に列挙した選択肢に対応する物質の一部だけが記載された先行技術が見つかった場合には、その物質に対応する選択しを削除することが可能です。

しかし、米国の場合は日本のように一つの選択肢だけ削除することができません。

質問者
米国で特許出願をする場合は、デメリットが大きいので利用しない方が良いということですね。

明細書における過去形及び現在形の使い方

一般的に、化学やバイオ分野の特許出願の明細書においては、以下のような書き方をします。

  • 実際に行った実験:過去形で記載
  • 実際には行っていない事項:現在形で記載

例えば、発明者へのインタビューの際に、「こういうデータも必要ですので急いで追加実験してください」と依頼する場合について考えてみましょう。この場合、これらの実験を実施例に現在形で記載して最先の出願日を確保するために出願(以下、基礎出願という)を行うことがあります。

このような場合、この基礎出願に対して優先権を主張して後日、以下のような変更をしなければなりません。

  • 特許出願する段階において、基礎出願後に得られた具体的な実験データを追加する
  • 基礎出願では現在形で記載された実施例の箇所を過去形に書き換える

従来、日本の審査では、現在形で記載され具体的な結果に踏み込んで記載されていない実施例に基づいて発明の効果を主張することは難しいという傾向がありました。

しかし、実施例が「現在形」で記載されており数値データなどの実験結果も示されていなかったとしても、審査段階で提出された学術論文に記載された実験結果を参酌して特許になった裁判例(平成22 年(行ケ)第10203 号*1)もあります。

*1
この裁判例では、癌治療用の遺伝子医薬(細胞障害性の遺伝子産物をコードするベクター)に関し、出願時の明細書には、動物モデルを用いた実施例が「現在形」で記載され、数値データなどの実験結果も示されておらず、具体的に作用効果が記載されているわけでないとしながらも、審査段階で提出された学術論文に記載された実験結果を参酌して、当業者が予測し得ない格別有利な効果を認定した。

質問者
化学・医薬品分野において特許出願を行う場合はマーカッシュクレームを用いると便利ですが、出願する国によってはデメリットもあるので注意しましょう。
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