そこで今回は人工知能(AI)を使用したサービスの特許について、仮想事例を使って分かりやすく説明していきましょう。
なお、人工知能(AI)が特許権や著作権で保護されるかは、他の記事で詳しく解説しているので下記リンクを参考にしてください。
質問者 最近は人工知能(AI)を用いた新サービスがどんどんリリースされてきていますよね。 酒谷弁理士 そうですね。これからも、人工知能(AI)を使ったサービスは増えそうですね。 質問者 […]
「リンゴの糖度データの予測方法」で考えてみる
近年の人工知能(AI)に関する技術開発の進展に伴い、日本の特許庁でも人工知能に関連する技術を保護するために審査基準や審査ハンドブックの改訂が行われました。
ということでここでは、審査ハンドブックの「リンゴの糖度データの予測方法」の事例をベースにして、AIを利用したビジネスをカバーすることができる特許の書き方を考えてみます(審査ハンドブック付属書A 3.1発明該当性 事例3-2)。
「リンゴの糖度データの予測方法」の概要は、以下のとおりです(図1)。
- 果樹に実った収穫前のリンゴの糖度データを、携帯型のリンゴ用糖度センサにより計測し、計測された糖度データが端末装置へ転送される。
- 計測された糖度データが端末装置からサーバに送信される。
- サーバは、ニューロン間の重み付け係数が最適化されたニューラルネットワークを用いる場合、収穫X日前の時点よりも以前に計測されたリンゴの糖度データ、並びに、当該収穫X日前の時点よりも以前の気象条件データ、及 び、当該収穫X日前の時点よりも以後の予測気象条件データを入力層に入力し、出荷時のリンゴの糖度データを出力層から出力することにより、予測が行われる。
- 予測した出荷時の糖度データがサーバから端末装置に送信される。
出典:特許庁「審査ハンドブック付属書A 3.1発明該当性 事例3-2」をもとに作成
請求項と明細書の書き方
この事例では、サーバで機械学習による分析が行われます。
このようなAIに関する技術を適切に保護するためには、特許出願の請求項において、例えば以下の請求項案のように、下記両方を包含するように記載することが望ましいと思われます。
- AI(例えば機械学習)による実装
- AIではないルールベースの実装
[請求項案]サーバの分析部が、
- 収穫前の所定期間分のリンゴの糖度データ
- 気象条件データと、出荷時のリンゴの糖度データ
との関係を、過去の実績に基づいて分析する工程と、
サーバの受信部が、端末装置により計測された所定期間分のリンゴの糖度データを受信する工程と、
サーバの予測部が、前記分析した関係に基づいて、
- 前記受信した所定期間分のリンゴの糖度データ
- 過去・将来の気象条件データ
を入力として、将来の出荷時のリンゴの糖度データを予測して出力する工程と、
を含む、リンゴの糖度データの予測方法。
また、明細書には、請求項の発明が機械学習で実施される態様も含むように、例えば以下のように、具体的にどのような機械学習の手法を用いるかを記載しておくことが望ましいです。
例えば、機械学習の学習時の動作については以下のように記載することが考えら れます。
「サーバの分析部は、収穫前の所定期間分のリンゴの糖度データ及び気象条件データと、出荷時のリンゴの糖度データとの関係を機械学習により分析する。この機械学習には、ニューラルネットワークによるディープラーニング等の任意の手法が用いられる。
例えば、ニューラルネットワークであれば、収穫X日前の時点よりも以前に計測されたリンゴの糖度データ、及び、収穫前の気象条件データを入力層に入力し、出荷時のリンゴの糖度データを出力層から出力するように構成し、これら入力層に入力するデータと出力層から出力するデータとが紐付けられた分析用データを用いた教師あり学習によって、ニューラルネットワークのニューロン間の重み付け係数が最適化される。」
例えば、機械学習の学習後に未知データに対して予測する際の動作については以下のように記載することが考えられます。
「サーバの予測部は、分析部で得られた関係に基づいて、端末装置で計測された所定期間分のリンゴの糖度データ及び過去・将来の気象条件データを入力として、将来の出荷時のリンゴの糖度データを予測する。例えば、上記のニュー ラルネットワークであれば、収穫X日前の時点よりも以前に計測されたリンゴの糖度データ、並びに、その収穫X日前の時点よりも以前の気象条件データ、 及び、その収穫X日前の時点よりも以後の予測気象条件データを入力層に入力し、出荷時のリンゴの糖度データを出力層から出力することにより、予測が行われる。」
に置き換えれば、自社のビジネスモデルを特許で保護できる可能性がありますね。
ここまでは、先程紹介した下記2点の中の「AI(例えば機械学習)による実装」の部分でした。
- AI(例えば機械学習)による実装
- AIではないルールベースの実装
ここからは「AIではないルールベースの実装」の部分です。
また、明細書には、請求項の発明がAIではないルールベースで実施される態様も含むように、具体的にどのようにルールベースで実施されるかを記載しておくことが望ましいです。
例えば、ルールベースで実施される場合の分析の動作については以下のように記載することが考えられます。
「サーバの分析部は、収穫前の所定期間分のリンゴの糖度データ及び気象条件 データと、出荷時のリンゴの糖度データとの関係をルールベースにより分析する。このルールベースには、テーブルから割り出す方法等の任意の手法が用いられる。
例えば、テーブルから割り出す方法であれば、リンゴの糖度データのレンジ、と収穫前の気象条件データのレンジとの組に対して、出荷時のリンゴの糖度データが関連付けられたテーブルがストレージに記憶される。」
例えば、テーブルが完成後に未知データに対して予測する際の動作については以下のように記載することが考えられます。
AI発明の特許の可能性
下記のような場合には、上述したようにその技術分野でAIに関する先行技術文献がほとんど存在しないと言えます。
- その組み合わせが今までにない新しいもの
- その技術分野でほとんどAIが使用されていない
ですから、審査で類似の先行技術文献が見つからず、特許権利化できる可能性が高まるでしょう。