スタートアップや中小企業が取れるオープン・クローズ戦略として、規格標準化を用いたものがあります。今回は規格標準化を用いたオープン・クローズ戦略について、事例を紹介しながら解説していきましょう。
規格標準化する対象
企業にとっての戦略は色々なものがありますが、特に下記の3点に関しては事業で成功するための有効な手段です。
- 知財の権利化
- 技術ノウハウの秘匿化
- 国内外における技術の標準化
これらを適切に選択することは、大企業だけでなくスタートアップや中小企業にとっても、競争力を確保しながら自社技術を普及させることを可能にします。
また、標準化で思い浮かべるのは以下の2つの規格でしょう。
- 国際標準規格(ISOもしくはIEC)
- 国内標準規格JIS
また、その他の標準化としては、以下の2点が考えられます。
- インタフェース部分の仕様の標準化
- 性能基準・評価方法の標準化
それぞれについて具体的に解説していきましょう。
インタフェース部分の仕様の標準化
図1は自社特許/秘匿化技術の周辺のインタフェース部分の仕様について標準化を示した図です。
具体的な例を考えてみましょう。
例えば、インターフェースとして単三電池が入るボックスを考えます。単三電池が入るボックスの大きさや端子などの仕様を標準化すれば、単三電池を使う製品が増える可能性があるでしょう。
単三電池を使用する製品が増えればどうなるでしょうか?結果として単三電池の売り先が増え、単三電池の売り上げが向上します。
性能基準・評価方法の標準化
図2は自社特許/秘匿化技術を含む製品の性能基準・評価方法の標準化を表したものです。
自社で製品を評価する場合はどのような評価方法を用いているでしょうか。製品の特性によって様々な評価方法があると思います。しかし、その評価方法を標準化することができれば、自社製品の品質を保証することができるようになります。
例えば、ある製品についてその評価方法で計測された数値がよければ、その製品の特性がよいということが保証されるということです。
では、具体的な例を考えてみましょう。
従来、接着力についての標準的な評価方法はないという場合を仮定します。そのため、接着物質の改良発明についてその接着力を客観的に評価できなかったと場合を想定します。
その状況において、自社が接着力に特徴がある製品を開発した場合について考えてみましょう。
その場合、接着力についての自社でABC評価方法を考案し、そのABC評価方法を標準化することが考えられます。
その際には、標準化する前に出願する特許出願の明細書に、ABC 評価方法について計測した場合の製品の接着力の数値範囲を記載しておきます。
そして、特許出願では、「評価方法Aに測定した場合に、接着力が〇~□kg/mm2である」という数値範囲で限定した請求項で、権利化することが考えられます。
ABC評価方法を標準化することで、上記のように特許権利化した場合に、自社製品の性能の高さを客観的に証明することができつつ、特許によって独占することができます。まとめると、以下のようになります。
- 評価方法Aによって計測された場合の接着力の範囲を特許明細書中に記載
- 評価方法Aについて標準化
- 評価方法Aによって計測された場合の接着力を限定した請求項を作成して権利化
性能基準・評価方法の標準化の具体例
- 性能基準・評価方法のJIS 標準化の具体例
- 「新市場創造型標準化制度」の概要
性能基準・評価方法のJIS標準化の具体例
国内の標準規格としてJISがありますが、国内での製造・販売を行うには性能基準・評価方法のJISの策定が効力を発揮します。
また、日本規格協会における「新市場創造型標準化制度」を利用した場合、標準化の期間短縮ができます。図3は「新市場創造型標準化制度」を利用した場合の期間短縮について説明した図です。
続いて、日本規格協会における「新市場創造型標準化制度」を利用したJIS 規格の取得例について説明します(図4、図5)。
出典:一般財団法人日本規格協会「新市場創造型標準化制度」を元に作成
出典:一般財団法人日本規格協会「新市場創造型標準化制度」を元に作成
性能基準・評価方法の国際標準化
国内の標準化にはJISが有効でしたが、外国の企業に製品を採用してもらうには国際標準化(ISO、IEC)が効力を発揮します。
日本規格協会における「新市場創造型標準化制度」を利用することにより、図6のように国際標準化までの期間を短縮することができます。
評価方法のISO 標準化の具体例として、大成プラス(株)の例について以下説明します。
大成プラス(株)は、極めて高い接合強度を得ることができる金属と樹脂部品の一体成形の革新的技術を有しています。この技術は締結部品を使わない軽量な接合方法として、自動車部品や電子部品への応用が期待されていました。
しかし、企業独自の評価方法により取得したデータ等では、取引先の信頼を十分に得ることが難しい状況にありましたが、トップスタンダード制度を活用してISO規格として標準化に成功しました。
大成プラス(株)は、東ソー(株)、東レ(株)及び三井化学(株)とともに、「トップスタンダード制度(現在の新市場創造型標準化制度)」を活用し、2013年4月に4件のISO規格の新規提案を行いました。
その後、ISO の技術委員会(Technical Committee 61:プラスチック) での審議を経て各国の承認が得られ、2015年7月15日にISO規格として発行されました。
その際、大成プラス(株)は、接合部分の強度や耐久性を適切に評価するため、以下の評価基準を国際標準化しました。
- 樹脂-金属複合体の接合部分の特性を評価する際の試験装置や評価項目
- 試験片の形状や寸法等
- 接合強さ等の試験方法
- 耐久性評価の試験方法
これにより、大成プラス(株)の金属と樹脂部品の一体成形の革新的技術が、この国際標準に基づいて客観的に優れていることを証明することができるようになりました。
その結果、海外の企業が大成プラス(株)の技術を信頼することができ、海外の企業における大成プラス(株)の技術の採用が促進されました。
また、大成プラス(株)は、予め金属と樹脂部品の一体成形の革新的技術について特許化しています。それにより、他社の参入を防ぐことができ、市場を一定程度占有することに成功しています。
「新市場創造型標準化制度」の概要
新市場創造型標準化制度とは、中堅・中小企業等が開発した優れた技術や製品を国内外に売り込む際の市場での信頼性向上や差別化などの有力な手段となる、性能の評価方法等の標準化を支援する制度です。
優れた技術であり新市場の創造又は拡大が見込まれるものの、既存の規格ではその適切な評価が難しく普及が進まない技術・製品について、新たに国際標準(ISO/IEC)又はJIS を制定しようとする際、以下のいずれかに該当するものを対象として、従来の業界団体による原案作成を経ずに、迅速な規格原案の作成等を可能とする制度です。これにより、従来のように業界団体でのコンセンサス形成を経ずに、迅速な国内標準化(JIS 化)や国際標準(ISO/IEC)提案が可能になります
- 制定しようとする規格の内容を扱う業界団体が存在しない場合
- 制定しようとする規格の内容を扱う業界団体が存在するものの、その規格作成の検討が行われていない、あるいはその規格作成の検討が行われる予定がない場合
- 制定しようとする規格の内容が複数の業界団体にまたがるため調整が困難な場合
標準規格を用いた特許権利化戦略
競合を自社特許の網にひっかける
例えば、他の企業も製品として実現しようとすることを考えた際に通常であれば使用しなければならない標準化技術は、特許出願をしておき、特許権利化するのがおすすめです。
ここで重要なことは、「標準必須ではないが実装するときに必須の特許(実装必須特許)」にすることです。権利化の優先度が最も高い特許は、標準規格に必須の特許(標準必須特許)と思われがちですが、実装するときに必須であることが重要です。
実は、標準必須特許には日本では原則として他社に対して差止請求できません。しかし、「標準必須でないが実装するときに必須の特許(実装必須特許)」であれば、他社に対して差止請求ができます。
ですから、標準規格に合致する製品を他社が製品化しようとすると、自社の特許権を侵害することになるという特許は価値が高く、特許権を取得することが推奨されます。このような特許を取得しておけば、他社が同様に実装必須特許をもっていない限り、他社製品を排除することができます。
競合の特許の威力を弱体化させる
では、次に競合の特許の威力を弱体化させる方法について考えてみましょう。
まず、標準に必須の特許を収集したパテントプールを創出します。そして競合をパテントプールに参加させ且つ競合の技術を標準に採用するように誘導しましょう。そうすれば、競合は標準必須特許をFRAND条件に沿って、リーズナブルな金額で自社にライセンスせざるを得なくなります。
実は、日本では標準必須特許に基づいて差止請求できないと判断されたアップルvsサムスンの知財高裁大合議判決の裁判例があります。日本国内であればリーズナブルなライセンス料を払いさえすれば、他社の特許技術が標準化に採用されたとしても、リーズナブルなライセンス料を支払うことによって自社の製造・販売の継続が確保されます。
アップルvsサムスンの知財高裁大合議判決
差止請求できないと判断された裁判例としては、いわゆるアップルvsサムスンの知財高裁大合議判決(平成25年(ネ)第10043号 債務不存在確認請求控訴事件、平成25年(ラ)第10007号 特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件、平成25年(ラ)第10008号 特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件)となります。