ということで本日の記事は、別の分野への市場参入において、必須特許を取得できるか否かを検討する場合に、「市場参入時のケーススタディ」や「新規参入者が市場参入する方法」について、必須特許を踏まえて解説していきますね。
必須特許とは
ある分野の製品を製造する際に自社だけでなく他の競合会社も必ず実施しなければ、他社も製品を製造できない技術というものがあります。そして、そういった技術について取得された特許で不可避的に実施せざるを得ない特許を必須特許と呼びます。
ここでは、弁護士の鮫島正洋先生が提唱されている、必須特許ポートフォリオ論の第1理論について紹介します(詳細については、その著書「技術法務のススメ」(日本加除出版株式会社) を参照してください)。
例として「青色LED」を取り上げてみましょう。
青色LEDには、かつて中村修二氏が開発した基本発明に係る特許を含めて、複数の必須特許が存在することでしょう。即ち、青色LEDを生産するために不可避的に実施せざるを得ない特許です。
市場参入時のケーススタディ
例えば、青色LEDにおいて、A社、B社が必須特許を保有していることを想定します。
具体的に青色LEDの例で考えてみましょう。下記2点を両立させた青色LEDを開発したベンチャー企業C社が登場したとします。
- 画期的な輝度
- 寿命
C社はベンチャーキャピタルからの出資を得て、本格的な量産工場を完成しました。そして、いよいよ市場参入という段階です。
市場にC社の青色LEDが出回ることになると、C社の青色LEDの性能がA社、B社よりも良いことが評判となりました。しかも、価格はA社、B社と同じです。その結果として、当然C社製品の売り上げは上がっていきます。
そうすると、先行するA社、B社は、自社の特許侵害を理由に、C社に対して青色LEDの販売の差止を求めるように動き始めるでしょう。A社、B社はこれ以上シェアを奪われることを防止したいという考えがあるので、必須特許権に基づいて訴訟を提起します。
そうなると、C社の製品がいかに画期的であったとしても、青色LEDである以上、必然的にA社、B社の必須特許を侵害してしまうことになってしまいます。
この場合、C社が必須特許を保有していれば、A社、B社に対して、反撃することが可能です。つまりA社、B社の青色LEDの販売の差止を求める訴訟を逆に提起することができるでしょう。
これにより、A社、B社がC社の必須特許を侵害していれば、もしくは侵害している蓋然性が高ければ、クロスライセンス交渉に持ち込むことができます。その結果として和解ができれば、事業を継続することも可能です。
但し、C社の必須特許が1件であれば、A社、B社は必死にその特許を無効にしようとするでしょう。また、裁判の過程で無効と判断されれば、権利侵害が認められずクロスライセンス交渉に持ち込むことも難しくなります。ですから、C社は必須特許を最低2、3件、望ましくは5件以上保有することがよいでしょう。
一方、C社が必須特許を保有していない場合、A社、B社とのクロスライセンス交渉に持ち込めず、一方的に法外なライセンス料を支払うか、特許侵害を理由に市場撤退の道を選ぶかのいずれかになるでしょう。
このように考えると、必須特許なくしては市場参入しない方がよいということが良くわかります。ですから、別の分野への市場参入可否を決定する際には、必須特許を取得できるのか否かという点を検討することが必要です。
新規参入者が市場参入する方法
新規参入者が市場参入する方法は次の4つです。
- 特許出願して必須特許を取得する
- 必須特許を購入する
- 必須特許を保有する企業を買収する
- 必須特許権者から実施許諾を受ける
ではそれぞれについて詳しく解説していきましょう。
特許出願して必須特許を取得する
1つは、自前で開発した発明を特許出願して必須特許を取得することによって、市場参入するという方法があります。
具体的には次の通りです。
- 新しい市場ニーズをとらえて発明を創出する
- その発明を特許出願して必須特許取得を目指す
- 開発投資を行う
必須特許を購入する
例えば、市場参入したい製品について、その特許を購入するという方法があります。ここでのポイントは誰が必須特許を保有しているかという点でしょう。
例えば、現在はA社、B社しか市場のプレーヤーがいなかったとします。しかし、以前には、A社、B社以外にも、その製品を研究していた大学、企業は存在する可能性があるでしょう。
特許データ分析によって、これらの大学、企業が保有する特許を特定し、特許買収またはライセンスの交渉を仕掛けます。交渉の結果、うまく特許買収ができれば短期間で必須特許権者の仲間入りができるでしょう。
必須特許を保有する企業を買収する
必須特許を購入する方法に似た方法として、必須特許を保有する企業を丸ごと買収するという方法もあります。
一見、この方法は現実的でないように思うかもしれませんが、過去に多くの事例があります。例えば、Google社によるモトローラ子会社買収では、買収により特許を取得して、企業の特許リスクを下げる動きであったものと推測されます。
必須特許権者から実施許諾を受ける
上に紹介した3つのいずれもかなわない場合、ライセンスを受けるという方法があります。
必須特許を保有しない者が特許侵害による事業撤退リスクなくビジネスを継続するためには、必須特許権者のそれぞれからライセンスを受けなければなりません。
しかし、市場の現役プレイヤーである必須特許権者がライセンス契約をしてくれる可能性は低いでしょう。また、 必須特許権者であるA社がライセンスをしてくれたとしても、もう一方の必須特許権者であるB社がライセンスをしてくれないという可能性もあります。
上記のような状況になれば、どうしても事業撤退リスクが残るでしょう。
ただし、A社、B社ともにライセンス契約が可能な場合でも十分な利益が取れるか否かは別の話です。
A社、B社へのロイヤリティ料が製品に付加されるため、利益率は低下してしまいます。ですから、ロイヤリティ料と利益率を考慮した上で市場参入を検討するべきです。