ベンチャー企業が新規材料を開発した場合、ただ単にその材料のみを特許出願するというだけでは非常に勿体ない話です。そこで今回は新しい材料を開発した場合に考えられる知財戦略について解説していきましょう。
基本特許の検討
新規材料を開発した場合の知財戦略について、以下のような例を用いて説明します。
- ディスプレイに使用できる新たな材料を開発した
- この材料を用いてスタートアップ企業を立ち上げる
この場合、ディスプレイに使用できる新たな材料の特許については、材料の基本特許になる可能性があります。このような特許を権利化する際の注意点は、下記のような場合でも同じような結果が得られないか検討する必要があるということです。
- 一部の元素を変えた材料
- 骨格を少し変えた材料
このように、出願前には発明に漏れがないようにしなければなりません。
例えば、ディスプレイに使用できる新たな材料(化合物)について、ある元素A に特徴があるとします。その場合、別の元素に置換した材料について同じような結果が得られないか検討すべきです。
もし、別の元素Bを含む材料が元素Aを含む材料よりも好ましい実験結果だった場合には、元素Aを含む材料だけでなく、元素Bを含む材料も公表前に出願します。更に、日本だけでなく、外国においても特許化することが好ましいでしょう。
その際に、元素Aを含む材料の特許出願に対して、1年以内に優先権を主張して元素B を含む材料を追記して国際特許出願することをおすすめします。これにより、1つの出願で下記両方の権利を取得することが可能です。
- 元素Aを含む材料
- 元素Bを含む材料
また、化合物の骨格についても同様です。
ディスプレイに使用できる新たな材料(化合物)について、化合物の骨格Xに特徴がある場合について考えてみましょう。このとき、骨格X以外の骨格について同じような結果が得られないか検討する必要があります。
もし、別の化合物の骨格Yが化合物の骨格Xよりも好ましい実験結果が得られた場合には、化合物の骨格Xを含む材料だけでなく、別の化合物の骨格Yを含む材料も公表前に出願することをおすすめします。
出願の際には、日本だけでなく外国においても、特許化することが好ましいでしょう。
実験の結果、骨格Xと骨格Yに共通する特徴がある場合、骨格Xを含む材料の特許出願に対して、1年以内に優先権を主張して骨格Yを含む材料を追記して国際特許出願することをおすすめします。
これにより、1つの出願で、下記2点を含む上位概念の請求項で権利を取得することが可能となり得ます。
- 骨格Xを含む材料
- 骨格Y を含む材料
第2の基本特許の検討
技術は日々進歩しています。ですから、今ある材料よりも更に良い性能をもつ材料(化合物)を開発される可能性というのは十分考えられるでしょう。
しかし、もし競合他社が更に良い性能の材料を開発した場合、自社開発の材料が競争に勝てずに終わることも考えられます。
では、先程のディスプレイの例で考えてみましょう。仮に、材料(化合物)の新規な特性がディスプレイに利用されているとすると、材料(化合物)の組成が変わったとしても、同じ特性が利用できる可能性が高いです。
その特性を用いてディスプレイを実現するために、必須な技術について新たに日本を含む各国で特許化するべきでしょう。
必須な技術として例えば、その特性を用いてどのように映像を表示するか(駆動方式)について特許化することが考えられます。その際には、映像を表示する方法については、考えられる全てのパターンを出し、その全てのパターンをまとめて特許出願して特許権利化を行うことをお勧めします。
以下のような、特許戦略が考えられます。
- 材料を用いたディスプレイを実現するために必須な技術(例えば、その特性を用いてどのように映像を表示するか(駆動方式)の技術)について、考えられる全てのパターンを考え、構想ができた段階で、一早く日本特許出願をする(最先の出願日確保のためです)
- 1年以内に、上記の構想を実証するシミュレーション結果または実際の実験結果を追加して先の日本出願に対して、優先権を主張して国際出願(PCT 出願)し、その後、日本出願から2年半以内にその技術の製品搭載の実現性を検証し、製品搭載の実現性が高いならば、日本出願から2年半以内にディプレイの市場規模が大きい国に移行して特許権を取得する。
- この国際出願(PCT 出願)が完了するまで、公表しない(当然、学会、論文発表もNG)(出願する前に公表してしまうと、欧州、中国などで特許を取得できないからです。)
ベンチャー企業の知財戦略
新たな技術は大学などの研究機関で発明される場合があります。そのような技術を事業化するにあたり、ビジネスモデルの確立が急務です。そして、ビジネスモデルによって利益を上げるポイントが変わることになる点にも注意が必要でしょう。
また、ビジネスモデルに応じて知財戦略も変わることになります。ですから、まずはビジネスモデルの確立、その後に知財戦略の検討が必要です。
例えば、ベンチャー企業として、ディスプレイの事業を拡大するということを考えてみましょう。多くのベンチャー企業の場合、自社内に量産するための大規模な生産ラインはありません。また、販路もないということも多いでしょう。
つまり、多くのベンチャー企業は大手企業との提携が必要です。
ベンチャー企業の事業内容としては、ディスプレイの素材またはディスプレイのコア部品(例えば、ディスプレイのフィルムなど)について日本国内の自社内で生産し、その素材またはそのコア部品(例えば、ディスプレイのフィルムなど)を大手企業に提供することが考えられます。ここでは、自社のコア部品を何にするかを決定することが重要になります。
そして、このコア部品についての競争力を高めるために、以下のような戦略を行いましょう。
- コア部品の仕様だけ公表(できれば特許化)する
- インターフェース部分について標準化する
- コア部品の生産方法については公表しない
- 営業秘密として秘匿化して社内でアクセスできるものを制限
上記のように、不正競争法防止法の営業秘密としての要件を満たすようにするとともに、社外に漏洩しないようにしておくことが重要です。
具体的にはインテルのコア部品の仕様(例えば、インテルの場合、プロセッサの入出力端子の仕様だけ公開した)を公開した例が挙げられます。
また、ベンチャー企業は大手会社と共同開発をすることも考えられます。その際には、当然、情報を開示する前に事前にNDA(秘密保持契約)を結ぶことが必要です。更に、NDA を結んだ後であっても、当該素材または当該コア部品の生産方法については一切開示しないようにしましょう。
共同開発においても、ベンチャー企業側は当該素材の特性または当該コア部品の特性を示すデータシートだけの開示に留めることが望ましいです。
また、企業から寄付を受けるときにおいても、他の企業へのライセンスを可能にするように、特許については大学または大学発のベンチャー企業が単独で権利を持つことをお勧めします。